東京地方裁判所 平成2年(特わ)2087号 判決 1991年7月02日
本籍
東京都渋谷区南平台町四番
住居
同区南平台町四番八-三〇六号
南平台アジアマンション
会社役員
岩瀬正克
昭和二〇年一月六日生
右の者に対する所得税法違反被告事件につき、当裁判所は検察官白濱清貴出席の上審理し、次のとおり判決する。
主文
被告人を懲役一年六月及び罰金七五〇〇万円に処する。
右罰金を完納することができないときは、金四〇万円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。
この裁判の確定した日から、三年間右懲役刑の執行を猶予する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、東京都大田区北千束二丁目二六番地六号(昭和六二年一〇月以降は、同都渋谷区南平台町四番八-三〇六号)に居住し、不動産売買の仲介業を営んでいたものであるが、自己の所得税を免れようと企て、不動産売買の仲介手数料等を第三者名義の領収証を使用して受領するなどの方法により所得を秘匿した上
第一 昭和六〇年分の実際総所得金額が一億一四六三万五二七八円であった(別紙1修正損益計算書参照)にかかわらず、同年分の所得税の納期限である同六一年三月一五日までに、同都大田区雪谷大塚町四番一二号所在の所轄雪谷税務所長に対し、所得税確定申告書を提出しないで右期限を徒過させ、もって、不正の行為により、同六〇年分の所得税六八〇九万二〇〇〇円(別紙3脱税額計算書参照)を免れ
第二 昭和六一年分の実際総所得金額が三億一八二三万四〇〇九円であった(別紙2修正損益計算書参照)にかかわらず、同年分の所得税の納期限である同六二年三月一六日までに、前記雪谷税務署長に対し、所得税確定申告書を提出しないで右期限を徒過させ、もって、不正の行為により、同六一年分の所得税二億八五三万七八〇〇円(別紙4脱税額計算書参照)を免れ
たものである。
(証拠の標目)
判示全事実について
一 被告人の当公判廷における供述
一 被告人の検察官に対する供述調書(二通)
一 大蔵事務官作成の次の調査書
1 仲介手数料収入調査書
2 情報提供料調査書
3 福利厚生費調査書
4 旅費交通費調査書
5 通信費調査書
6 交際費調査書
7 賃借料調査書
8 減価償却費調査書
9 消耗品費調査書
10 租税公課調査書
11 事務用品費調査書
12 管理費調査書
13 支払手数料調査書
14 保険料調査書
15 雑貨調査書
一 検察事務官作成の平成三年三月一二日付捜査報告書
判示第一の事実について
一 大蔵事務官作成の次の調査書
1 支払分配金調査書
2 違約金調査書
3 広告宣伝費調査書
4 修繕費調査書
5 荷造発送費調査書
6 新聞図書費調査書
7 貸付金利息収入調査書
判示第二の事実について
一 大蔵事務官作成の次の調査書
1 利益分配金収入調査書
2 給料調査書
3 地代家賃調査書
4 給与収入調査書
5 給与所得控除額調査書
6 譲渡収入調査書
7 取得費調査書
一 検察事務官作成の次の捜査報告書
1 社会保険料控除
2 生命保険料控除
3 損害保険料控除
4 源泉徴収税額
なお、被告人は当公判廷において、「昭和六一年ころ、西麻布及び新宿の物件の取引に関して、いずれも暴力団に対し違約金を支出した」旨供述しているが、右支出を裏付ける書類等は一切提出されていないばかりか、被告人の右供述自体、支出した時期、金額が極めて曖昧であり、支出した先の氏名についても具体性を欠き、その理由として「言えるが言いたくない。」と述べる一方で、「今となっては分からない。」とも述べているのであり、さらに、被告人の検察官に対する供述調書には右各物件に関する違約金の支出につき何ら記載がないことも合わせ考慮すると、被告人の右公判廷における供述を信用することはできない。
(法令の適用)
一 罰条
所得税法二三八条一、二項
一 刑種の選択
懲役と罰金を併科
一 併合罪加重
刑法四五条前段、懲役刑につき同法四七条本文、一〇条(犯情の重い判示第二の罪の刑に加重)、罰金刑につき同法四八条二項
一 労役場留置
罰金刑につき刑法一八条
一 執行猶予
懲役刑につき刑法二五条一項
(量刑の理由)
本件は、不動産売買の仲介業を営んでいた被告人が、仲介手数料等を第三者名義の領収証を使用して受領するなどの方法により、その所得を秘匿した上、二年度にわたり所得税を全く申告しないで合計二億七六六二万円余りの脱税をしたという事案であるところ、その脱税額、脱税率のみからしても悪質な事案であり、さらに、将来の事業資金等を確保しておこうという犯行の動機に特に斟酌すべき点はない上、仲介手数料等を受領する際に脱税を意図して第三者名義の領収証を使用するという手口をみると、本件は計画的な犯行である。なお、弁護人は、被告人が国際設計や日世産業の名義の領収証を使用したのは、東海観光の役員である被告人が、自らの仲介手数料収入について、自己名義の領収証をきることにより同社の他の役員らに知られたくなかった等の事情によるものであり、また、その他の第三者名義の領収証を使用したのも、知人等からB勘屋を使ってやってくれと頼まれたためであり、被告人には、脱税の明確な意図はなかった旨主張するが、関係各証拠によれば、国際設計の領収証を使用するに際しては、同社の代表者酒井治との間に、被告人の受領する仲介手数料を国際設計の収入として申告して、同社に税金を払ってもらう一方で、被告人から酒井に領収証使用の謝礼金及び税金の「かぶり」分を支払う約束があり、現実に五〇〇〇万円を支払ったこと、日世産業は倒産し何ら活動していない会社であり、ことさらその名義の領収証を使用すべき理由はなかったこと、被告人がいわゆるB勘屋の側から依頼されてその領収証を使用することにした場合のほかに、被告人からB勘屋に依頼した場合もあり、いずれにしても一定割合のB勘手数料を支払って、頻繁に架空領収証を使用していること、被告人は格別申告することのできない事情があったわけではないのに、結局、二年度にわたり税の申告をしていないこと等が認められるのであり、これらの事情によれば、被告人が当初から脱税に資するとの意思を抱いて、第三者名義の領収証を使用したことは、明らかというべきである。以上の事情によれば、被告人の責任は重いといわなければならない。しかし、他方、被告人は国税局の査察後、早期に修正申告の上、本件脱税にかかる本税、附帯税をすべて納付していること、査察の段階から公判まで犯行を自白し、反省の情が認められること、被告人が実刑となると、妻及び幼い子の生活に相当の悪影響を及ぼすばかりか、被告人が役員等として関わり、ホテル、ゴルフ場開発等を行っている東海グループの事業遂行に大きな支障が生じるおそれがあること等の被告人のために酌むべき事情がある。そこで、これら一切の事情を考慮した上で、被告人に対しては主文の量刑とし、懲役刑の執行を猶予することとした次第である。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判官 西田眞基)
別紙1 修正損益計算書
<省略>
別紙2 修正損益計算書
<省略>
別紙3
脱税額計算書
<省略>
別紙4
脱税額計算書
<省略>